藤原範茂
ふじわらののりもち(のりしげ)
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公卿
鎌倉 [1185年~1221年]
藤原範茂とは?
藤原範茂(1185-1221)は、鎌倉時代前期の公卿。藤原南家高倉流、藤原範季の次男。後鳥羽天皇に仕え、順徳天皇の外叔父であり、近臣でもあった。1201年に肥前守となり、左衛門佐、左兵衛佐、左兵衛少将と歴任した。その後も順調に出世し、1220年従三位・参議に叙任され、公卿となった。翌年、丹波権守に任命されたが、その年のうちに鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して起こした承久の乱では倒幕についての密議に関わり、宇治川の戦いにも源有雅とともに参加した。しかし鳥羽上皇側の敗北が決まると範茂は六波羅に捕らえられ、首謀者のひとりとして斬首されることとなる。処刑の為の京都から鎌倉への護送途中、関本宿で宿泊した際に「このまま鎌倉へ行き斬首されると五体不具のために極楽浄土へ行けないので、入水したい」と範茂自身が懇願し、足柄山の麓の早川に入水し、処刑された。範茂が入水したのは小田原市の早川であるとする史料が多いが、南足柄市の貝沢川であるとする説もあり、南足柄市怒田には室町時代に建てられた範茂の墓があり、範茂史跡公園となっている。 静岡県御殿場市新橋にある藍澤五卿神社は、藤原宗行、藤原光親、藤原信能、源有雅らとともに範茂を祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
藤原範茂ふじわらののりしげ
その他
祀られている主な神社
藍澤五卿神社
(静岡県御殿場市新橋725)
