大江貞奥
おおえさだおき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- 公卿
室町 [~1334年]
大江貞奥とは?
藤原貞奥(?-1334)は、因幡守大江広元の末孫。山本中納言大江貞奥ともいわれる。1332年に後醍醐天皇が隠岐の島に流された際、供の公卿16人が雲州大社から諸国に配流された。貞奥を含む3人は美濃国へ流され、貞奥は岐礼庄の白谷に住んだといわれる。1334年に死去すると白倉神社が建立され、祭神として祀られた。伊東実臣がまとめた古書「美濃明細記」には、「大野郡岐礼村白倉神社山本中納言藤原貞奥霊神後醍醐天皇奉移隠岐国時岐礼配流建武元年薨山本判官貞元称桜待中納言子孫美濃有称山本云々」と記されており、貞奥の勲功を賞して根尾郷岐礼庄高科裏山に神社を創建して祀ったことがわかる。配流された16人の公卿は後醍醐天皇が隠岐の島から脱出した後に召し返されたので、貞奥の嫡男である判官貞元が死去した貞奥に代わって仕えた。また、貞奥から11代末孫の山本数馬貞正の兄は、武田信玄の軍師であった山本勘助と言われている。 岐阜県揖斐郡揖斐川町にある白倉神社が貞奥を祀った神社であり、8代目の元右衛門貞時が足利義満の下でたびたび武功を重ね、恩賞により白倉明神を大社へと再建したものである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
大江貞奥おおえさだおき
その他
