二条為冬 神社の神様 - 神社ファン

二条為冬

にじょうためふゆ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 公卿
  • 歌人

南北朝 [~1335年]

二条為冬とは?

二条為冬(?-1335)は、鎌倉時代末期から室町時代初期にかけての公卿であり、歌人。藤原為冬とも呼ばれる。「和歌の家」と称された御子左家嫡流二条為氏の三男。為冬の和歌は「続後拾遺集」以下の勅撰集に20首選ばれており、「前参議為冬卿」という家集も残されている。1335年、後醍醐天皇が足利尊氏討伐を命じた戦に為冬も公家大将として駆り出され、一軍を率いて箱根竹下の戦いに参加した。箱根口では味方が優勢だったが、その後竹之下では味方の寝返りなどに遭い苦戦を強いられ、為冬は尊良親王を守りながら伊豆佐野山で討ち死にした。為冬と尊氏は、元々は同世代の歌人として親しい間柄であったため、尊氏は敵ながらも為冬の死に大いに悲しんだといわれている。 静岡県裾野市平松にある佐野原神社は、為冬を御祭神として祀っている。合戦の折に地元の人々が討ち死にした者たちを埋葬し弔った古墳が13あり、そのうちの将軍塚と呼ばれるものが為冬の墳墓だと伝えられている。明治時代、地元の人々が為冬を偲んで将軍塚に建てたのが佐野原神社である。境内には為冬の歌碑などもあり、学業成就、文芸上達のご利益があるといわれている。

ご神徳

学業成就 文芸上達

別称・異称

藤原朝臣二条為冬卿

ふじわらあそんにじょうためふゆきょう

その他