生駒親正
いこまちかまさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

弘憲寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
戦国~江戸 [1526年~1603年]
生駒親正とは?
生駒親正(1526-1603)は安土桃山時代の武将。父は生駒親重、母は曾根氏の娘と言われている。美濃国(岐阜県)に生まれた親正は織田信長に仕え、稲葉山城の斎藤竜興攻略の際には木下藤吉郎と共に墨股の砦を守り武功を挙げた。信長が本能寺において死去した後は豊臣秀吉に仕え、山崎の戦い、賤ヶ岳の戦い、小田原征伐など数々の戦場で功績を挙げ、朝鮮出兵の際には文禄の役に出兵している。これらの功績により秀吉より讃岐国(愛媛県)に17万1800石を賜り、高松城と丸亀城を築城し城下の繁栄に尽力した。秀吉の晩年には五大老五奉行に次ぐ要職として三中老に任じられたとされているが、実際には三中老という役職は存在しなかったという説もある。関ケ原の戦いで秀吉の恩顧に報いるため親正は西軍に属したが、息子の一正は東軍に従軍させ生駒家の存続を図った。一正は東軍に与したことから讃岐の生駒家の所領は安堵されたが、親正は西軍に属した罪を徳川家康に詫びるため剃髪し高野山に入るが、後に許され高松城で死去した。 親正は秋田県由利本荘市にある矢島神社に祭神として祀られている。矢島神社は明治時代に入り生駒氏の始祖である親正を祀る神社として旧矢島藩士および領民の出願により創建された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
矢島神社
(秋田県由利本荘市矢島町城内字八森3-4)
