藤原仲麻呂
ふじわらのなかまろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公卿
奈良 [706年~764年]
藤原仲麻呂とは?
藤原仲麻呂(706-764)は、奈良時代の公卿。藤原南家の始祖・藤原武智麻呂の次男。生まれついての秀才であり、あらゆる書物を読破し、算術も優れていたという。737年、天然痘の流行で父・武智麻呂と叔父たちを亡くし、藤原氏の勢力は衰えたが、仲麻呂は橘諸兄のもとで順調に昇進していき、743年に参議になり、公卿に列する。この頃から仲麻呂は人事異動などで諸兄の勢力を徐々に削っており、749年、参議から大納言に昇進した仲麻呂は光明皇后と孝謙天皇の信任を得て、大きな権力を手にする。仲麻呂の台頭に不満を持った諸兄の子・奈良麻呂が仲麻呂の殺害を企てるがすぐに露見し、443人が処罰を受けることとなった。一方仲麻呂はさらに躍進し、太政官の首座に就いた。760年、皇族以外で初めて太師となるが、同じ年、仲麻呂の大きな後ろ盾であった光明皇太后が崩御した。同じ頃孝謙上皇とも対立し、立場を危ぶんだ仲麻呂は764年に自らを都督に任命し、軍事力を掌握しようとした。しかし謀反を密告され平城京を脱出。妻子とともに琵琶湖のほとりの乙女が池で斬首された。享年59。 奈良県大和郡山市にある植槻八幡神社は、摂社植槻坐藤原神社の祭神に仲麻呂を祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
藤原仲麿ふじわらのなかまろ
その他
藤原仲丸ふじわらのなかまろ
その他
藤原恵美押勝ふじわらえみのおしかつ
その他
恵美大臣えみのだいじん
その他
恵美押勝えみのおしかつ
その他
祀られている主な神社
天満神社
(福井県福井市殿下町35-40)
