藤原純友 神社の神様 - 神社ファン

藤原純友

ふじわらのすみとも

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
藤原純友

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 公家(貴族)
  • 海賊

平安 [893年~941年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 藤原純友とは?

    藤原純友(893-941)は、平安時代中期の貴族であり、海賊。右代弁藤原遠経の孫で、大宰少弐・藤原良範の三男。早くに父が亡くなった為出世が出来ず、地方官となった。父の従兄弟・藤原元名に仕え瀬戸内の海賊を取り締まっていたが、任を解かれた後も伊予に残り土着した。936年頃には海賊の頭領となって1000艘以上の船を引き連れ瀬戸内海全域を勢力下に置いた。純友がかつて討伐していた海賊は朝廷改革で人員削減された富豪の舎人たちだが、純友の組織した海賊はそれとは性質が違い、純友の様に親の早逝で階級社会の競争から脱落したが武功でのし上がろうとする者たちだった。940年、関東で平将門の乱が起こったが、純友も同時期に反乱を起こし周辺国の国府や大宰府を襲撃。これは将門と純友があらかじめ比叡山で相談し共謀したものである。この二つの乱を合わせ「承平天慶の乱」と呼ばれる。将門の乱は2か月で鎮圧されたが、純友の乱は2年もの間、朝廷を悩ませた。941年、純友軍は大宰府を占領した後、博多湾で官軍と激戦を繰り広げるが敗北。純友は小舟で逃れた後、潜伏していた伊予で捕らえられ獄中で死去したと言われる。 岡山県倉敷市下津井の松島にある純友神社、愛媛県新居浜市種川町・新高神社内の中野神社では、純友を主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    大村神社
    (長崎県大村市玖島1丁目34)