藤原実方 神社の神様 - 神社ファン

藤原実方

ふじわらのさねかた

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
藤原実方

菊池容斎(前賢故実)

藤原実方

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング776位

  • 公家(貴族)
  • 歌人

平安 [~999年]

藤原実方とは?

藤原実方(?-999)は、平安時代中期の貴族で歌人。中古三十六歌仙のひとりで、光源氏のモデルともいわれている。左大臣・藤原師尹の孫。父で侍従の藤原定時が早逝したため、叔父の大納言・藤原済時の養子となった。和歌の優れた才能を持った風流才子とされており、清少納言と交際関係があったと言われている。左近衛将監から始まり、侍従、右兵衛権左、左近衛少将、右近衛中将を歴任し、順調に出世を重ねるが、944年に左近衛中将に叙任された翌年、突然陸奥守へと左遷された。この原因としては一条天皇の面前で和歌について藤原行成と口論し、行成の冠を奪い投げ捨てるといった行いが挙げられている。999年、笠島道祖神前を通る際、馬に跨ったまま通行しようとしたために神罰が下って落馬し、馬の下敷きとなって死亡した。享年は40前後とされる。後にこの死を哀悼し墓が建てられ、松尾芭蕉や正岡子規らがこの地を訪れ歌碑や句碑を残している。実方の死後、蔵人頭になれないまま陸奥守で死去した怨念で実方が雀へと転生して、内裏に侵入し台盤の食事を食い荒らしたという「入内雀」の伝説が残されている。 青森県青森市長島の廣田神社は、実方が蝦夷鎮撫のために外ヶ浜貝森村に夷之社を創建したのが始まりとされ、実方自身も併せて祭神として祀られている。

ご神徳

技芸上達

祀られている主な神社

荻作神社
(千葉県市原市荻作265番地)