花山院師賢
かざんいんもろかた
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 公卿
- 歌人
鎌倉 [1301年~1332年]
花山院師賢とは?
花山院師賢(1301-1332)は鎌倉時代末期の公卿であり歌人。父親は内大臣花山院師信、母親は従三位師子。後醍醐天皇の生母談天門院と師賢の母は叔母と姪の関係にあたる。第96代後醍醐天皇が践祚すると権中納言に任じられた。当初は父師信と同じく持明院統の公卿として出仕したが、母師子が後醍醐天皇の母と近い関係であったために徐々に後醍醐天皇から重用されるようになる。後醍醐天皇が鎌倉幕府打倒を目指した蜂起により元弘の乱が勃発したが、北条方に押された後醍醐天皇は京から逃れることとなる。その際に師賢は勅命により後醍醐天皇の身代わりとなり比叡山に登るが、師賢を天皇と思い込んだ比叡山の門徒幕府軍の撃退に至った。その間に後醍醐天皇は笠置に潜むことが出来た。しかし笠置においても幕府軍との戦となり、師賢は後醍醐天皇と共に敗走するが捉えられ出家することになる。その後は下総国(千葉県)へ配流となり薨去した。また、師賢は歌人としての評価も高く「続千載和歌集」などの勅撰集に多くの和歌を残している。 師賢は千葉県成田市にある小御門神社に祭神として祀られている。小御門神社は明治時代になり、国家に功績を挙げた忠臣を称える明治天皇によって創建された神社である。
ご神徳
厄払い 学業成就 立身出世 芸能上達
別称・異称
藤原師賢ふじわらのもろかた
その他
祀られている主な神社
小御門神社
(千葉県成田市名古屋898番地)
