藤原国兼
ふじわらのくにかね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
平安
藤原国兼とは?
藤原国兼(?-?)は、平安時代後期の官吏。藤原忠平の9世の子孫。現在の島根県石見の豪族である益田氏の祖といわれている。国兼は1114年頃、石見守として石見国府へ赴任してきており、任期終了となった1116年以降もその地にとどまり、土着した。地域の有力者と姻戚関係を結びながら土着していったと考えられる。石見上府を拠点とし、御神本氏を称した。益田氏を名乗るのは曽孫である4代兼高の時代で、周辺で最も広い平野があり交通の要衝と港に適していた益田の地に本拠を移したことから、益田氏を名乗ったという。兼高の次男が三隅氏、三男が福屋氏を興し、益田氏とともに氏神「御神本大明神」の祭礼を共同で行うなどしていた。 島根県浜田市内田町にある三家元神社は、国兼を祭神として祀っている。また、同じく浜田市の三隅町三隅にある三角神社の地には、元々は国兼を祀る御神本大明神が奉祀されていた。地名もかつては三隅町神本だったという。現在は3個の自然石が残され、当時の名残を今に伝えている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
御神本国兼みかもとのくかね
その他
祀られている主な神社
三家元神社
(島根県浜田市内田町978番地)
