藤原高光
ふじわらのたかみつ
- 歴史的人物
- 男神・男性

狩野安信(三十六歌仙額 パブリック・ドメイン)

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1003位
- 公家(貴族)
- 武人
平安 [939年~994年]
藤原高光とは?
藤原高光(939-994)は、平安時代中期の貴族で、歌人。三十六歌仙の一人として知られる。藤原北家、藤原師輔の八男で、母は醍醐天皇の皇女・雅子内親王。岐阜県旧洞戸村周辺に伝わる伝説では、950年前後、高賀山に住む魔物「さるとらへび」が悪さをするという噂を聞きつけ、朝廷が高光を派遣し、瓢箪に化けていたさるとらへびを討伐したという。連れていた都の兵は山での戦闘に不慣れであろうと考えた高光は、高賀神社を再建し願掛けをした。高賀山麓にも六ケ所に神社を建立し日夜祈祷したところ、「瓢箪を射よ」と神託を得たという。この様子は今でも高賀神社に「高光公とさるとらへび」の像でうかがい知ることが出来る。その後、右近衛少将までなった時、父・師輔が亡くなったことをきっかけに、961年に比叡山延暦寺の横川で良源という僧の下、出家した。弟の尋禅も先に良源に師事しており高光はそれを頼りに行ったのだが、良源と尋禅の固い結び付きを目の当たりにして疎外感を感じ、翌年には横川を去った。この高光の出家は当時の世間には衝撃的だったと見え、様々な書物に高光の出家話が語られている。 岐阜県郡上市八幡町那比にある大将軍神社は、高光を御祭神として祀っており、郡上の氏神様として人々に親しまれている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
