東人朝臣 神社の神様 - 神社ファン

東人朝臣

あずまびとあそん

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
東人朝臣

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)

東人朝臣

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 公卿
  • 武人

奈良 [~742年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 東人朝臣とは?

    東人朝臣(?-742)は奈良時代の公卿であり武官。壬申の乱で武功を挙げた飛鳥時代の武人である大野果安の子供。奈良時代の初期には平城京において新羅使の入京の際に騎兵を率いて迎える任についている。蝦夷地において勃発した反乱の際には征夷将軍多治比縣守の元、副将軍として従軍し反乱の鎮圧に貢献した。その後、陸奥鎮守将軍を任じられた東人は最上川河口付近の出羽柵を雄物川河口付近まで北進させている。さらには陸奥按察使兼鎮守将軍を受任し、6000騎の兵を率いて遠征。出羽の蝦夷を帰順させて多賀柵から出羽柵までの通路の開通を成し遂げている。これらの功もあり参議に任じられ公卿に列せられる地位を得た。藤原広嗣が九州で挙兵した際には持節大将軍として1万7000の兵を率いて乱を鎮圧する。この勲功により従三位に昇進、同じ年に聖武天皇が平城京から恭仁京に遷都した際には平城京の留守居を任されることになった。 東人朝臣は滋賀県長浜市にある天川命神社に祭神として祀られている。天川命神社は東人朝臣を始めとして58柱の祭神を祀っていることから五十八社権現宮とも称されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    東人朝臣

    あずまびとあそん

    その他

    祀られている主な神社

    天川命神社
    (滋賀県長浜市高月町雨森1185)