島田忠臣
しまだのただおみ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング655位
- 公家(貴族)
- 漢詩人
平安 [828年~892年]
島田忠臣とは?
島田忠臣(828-892)は平安時代前期の官吏であり漢詩人。両親は不明であるが従五位上伊賀守であり「日本後記」の編纂者の1人島田清田の孫にあたる。忠臣は文章博士菅原是善に師事し、漢詩の才に優れ文章生となった。忠臣は是善に請われ嫡男の菅原道真の教育係となり、娘の宣来子は道真の正室となった。それ故、忠臣は道真の岳父にあたる。忠臣は漢詩人としての才能が認められ渤海国司の接待役なども命じられ、その後朝廷の有力公卿である藤原基経の近習となるが、基経が漢詩に造詣が深かったこともあり主従関係を超えた親密な関係となった。また、忠臣の大伯母が藤原冬嗣の室となるなど藤原北家との深いつながりを得ることになる。一方で道真との繋がりは生涯に渡り、たびたび交わされた手紙のやり取りでは漢詩などの文学に留まらず、朝廷の政情などに関しても意見の交換がなされていたと言われている。忠臣は号を田達音とし「田達音集」や「百官唐名鈔」などの著作に納められている中国六朝時代の詩人や唐代の白居易の影響を受けた述懐詩の評価は極めて高い。 忠臣は京都市上京区にある北野天満宮の末社老松社に祭神として祀られている。老松社の社名は、道真が大宰府に左遷された際に配所まで飛んできた飛び梅の後を追い大宰府にやってきた松を追い松と呼び、この追い松が転じて老松となったと言われている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
田達音でんたつおん
その他
