島津忠寛 神社の神様 - 神社ファン

島津忠寛

しまづただひろ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
島津忠寛

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(佐土原藩)

江戸~明治 [1828年~1896年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 島津忠寛とは?

    島津忠寛(1828-1896)は、日向国佐土原藩11代藩主。佐土原藩最後の藩主として知られている。通称は又之進、徳次郎、淡路守など。号は蠖堂。蠖堂の名で隷書文が残されている。父は第10代藩主・島津忠徹。三男だが、1839年に父の死去により12歳で跡を継いだ。藩政は宗藩の薩摩藩主島津斉彬の指導のもと、藩の財政を立て直そうと産物の統制や専売制導入、税制改革や新田開発などを行い、一時は改革が成功したかに思われたが、藩札の発行に失敗し藩財政は暗転してしまった。軍においては洋式兵制を取り入れたと言われる。1862年の生麦事件や、薩英戦争では宗藩とイギリスの交渉に関わった。1868年の戊辰戦争では本家薩摩藩とともに新政府軍に加わり、先鋒を務めた。明治天皇より錦旗節刀を賜り、上野戦争や会津・米沢藩との戦いでも活躍を見せたため賞典禄3万石を与えられている。版籍奉還で藩知事に任命され家禄1813石となり、のちの廃藩置県で免官。伯爵、貴族院議員、麝香間祗候に列した。 宮崎県宮崎市佐土原町上田島にある佐土原神社は、旧佐土原藩主・島津以久とともに島津忠寛を御祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。