島津貴久 神社の神様 - 神社ファン

島津貴久

しまづたかひさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
島津貴久

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング529位

  • 大名

戦国 [1514年~1571年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 島津貴久とは?

    島津貴久(1514-1571)は、戦国時代の武将。島津氏の第15代当主であり、島津義久、義弘、歳久、家久の父である。島津宗家当主の早逝が相次いだ為、分家の貴久が島津勝久の養子に迎えられ13歳で家督を継いだが、この体制に不満を抱いた島津実久が反乱を起こした。一度は国を追われた貴久とその父・忠良だったが、再度奮起し1539年には南薩摩をほぼ制圧、実久は鹿児島を諦め撤退したため貴久は守護職へ復帰した。1545年には朝廷、1552年には幕府からも正式に守護として認められ、父・忠良とともに藩政を行った。ポルトガル船や琉球などとの貿易なども盛んに行っていた。貴久は長らく支配の手が及ばなかった大隈西部を攻略し、領地拡大にも成功するが、その際の戦いでは戦国大名として鉄砲をはじめて実践で使用したと言われている。1566年出家し、その後の国づくりや旧領三州の回復を4人の息子に託し隠居し、5年後の1571年に大隅の豪族である肝付氏との抗争の最中に58歳で死去した。 鹿児島県鹿児島市松原町にある松原神社では、貴久を主祭神として祀っている。この神社は、貴久自ら創建した寺を息子の義久が貴久の菩提寺と定め、明治時代に松原神社と改められたものである。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    松原神社
    (鹿児島県鹿児島市松原町3-35)
    亀ヶ城神社
    (鹿児島県南さつま市金峰町尾下3007)
    松原神社
    (鹿児島県伊佐市大口鳥巣699)
    松原神社
    (鹿児島県伊佐市菱刈市山2500)
    松原神社
    (鹿児島県志布志市志布志町帖6665)