渡辺守綱
わたなべもりつな
- 歴史的人物
- 男神・男性

守綱寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [1542年~1620年]
渡辺守綱とは?
渡辺守綱(1542-1620)は戦国時代末期~江戸時代初期にかけて活躍した武将。三河松平家の家臣渡辺高綱の嫡男。平安時代に頼光四天王として名を馳せた渡辺綱の後裔と伝えられている。守綱は幼年より同年代の徳川家康に仕え、家康が今川家に人質として出された際にも付き従っている。今川義元の死後は三河を平定する家康を助け槍働きで大いに貢献し槍半蔵と呼ばれるようになり、鬼半蔵と呼ばれた服部正成とも並び称された。守綱は家康に仕えると同時に熱心な一向宗の信徒であり三河一向一揆では家康の元を離れ一向宗の門徒として加勢している。しかし、一揆が敗れた後は家康に許され再び家臣として仕えるようになる。姉川の戦いでは一番槍を挙げ、三方ヶ原の戦いでは武田信玄に敗れた家康を追撃する武田騎馬隊の前に立ちはだかる活躍を見せた。家康が三河から関東に移封されると武蔵国比企郡に3000石を賜り、さらには関ケ原の戦いでの武功により6000石に加増されている。江戸幕府成立後は三河国寺部城主として14000石まで加増された。その功績から酒井忠次、本多忠勝、井伊直政らと並び徳川十六神将の一人に数えられている。 守綱は愛知県豊田市にある守綱神社に祭神として祀られている。守綱神社は晩年居城とした寺部城跡に明治時代になり建立された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
守綱神社
(愛知県豊田市寺部町1-36)
