貞純親王
さだずみしんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 皇族
平安 [873年~916年]
貞純親王とは?
貞純親王(?-916)は平安時代の皇族。第56代清和天皇の子で源経基らの親。異母兄弟には第57代陽成天皇らがいる。清和天皇の第6皇子として生まれ、873年に親王となる。親王の一条大宮に建つ邸の庭園には桃の木が植えられ、春になると桃花祭が執り行われていた。この邸を桃園と称したため桃園親王と呼ばれた。中務卿、兵部卿や上総国(千葉県)・常陸国(茨城県)の太守などを歴任。親王の皇子が源の姓を賜り臣籍降下したとされることから、清和源氏の祖の1人として名が挙げられている。仏教への信仰心があつく、諸国に多くの仏像を安置したとも伝えられる他、空海が開創した定輪寺(静岡県裾野市)は、親王によって桃園山定輪寺と改称したとされる。親王が没した地との伝承が残る山梨県桃園では、埋葬された場所に建てられたとする石碑を1904年に発見。石碑は現在、親王を祭神とする神社の境内に納められている。 親王は桃園神社(山梨県南アルプス市)で祭神としてまつられている。桃園神社が建つ地は、俸禄として与えられる親王の食封であったことから、神社と村を桃園と名付けたとされる。親王ゆかりのこの神社は、「院の宮」の通称でも呼ばれている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
桃園親王とうえんしんのう
その他
