貞元親王 神社の神様 - 神社ファン

貞元親王

さだもとしんおう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 皇族

平安 [~910年]

貞元親王とは?

貞元親王(?-910)は平安時代の皇族。第56代清和天皇の子で源兼忠らの親。第57代陽成天皇は異母兄にあたる。清和天皇の第3皇子として生まれ、873年に親王となった。閑院と号し、桂に邸を構えていたことで桂の親王と呼ばれた。江戸時代の史書「加沢記」によると、親王は関東に下向し初めて滋野の姓を賜り、信濃国(長野県)の国司として海野庄に住む。親王の子孫は滋野三家と呼ばれる海野、祢津、望月の祖となり、千曲川一帯において繁栄したとある。また、長野市の開善寺は親王の開基と伝えられ、後裔である海野氏の庇護を受けた。後に海野氏が衰退してからは、一族の真田家に引き継がれている。一方、他の伝承では、親王が上総国(千葉県)に下向しその地で没したとあり、土地の人々に農業指導などを行った親王の遺徳を偲び、地名を貞元と名付けている。1678年には、親王ゆかりの人物の子孫により墓が建立された。 親王は白鳥神社(長野県東御市)で祭神としてまつられている。白鳥神社は海野氏の祖がまつられており、古くは海野氏の氏神であったが、地域の産土神へと変遷を遂げている。領主の祖である親王も、後に自身も合祀される海野広道によって合祀された。

ご神徳

病気平癒