津軽信政 神社の神様 - 神社ファン

津軽信政

つがるのぶまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
津軽信政

新井寒竹 - 高照神社所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(弘前藩)

江戸 [1646年~1710年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 津軽信政とは?

    津軽信政(1646-1710)は江戸時代前期の大名。第3代弘前藩主津軽信義の嫡男であり、母親は添田理兵衛の娘。父信義の死去により家督を継ぎ第4代弘前藩主となるが、当初は幼かったため叔父の津軽信英が後見となり信政が元服するまでは藩政を取り仕切っていた。信政は幼年期から聡明で山鹿素行を師事し儒学や兵法を学んだ。後に素行を藩に招こうとするが幕府の許しが得られず、素行の子供である政実を招き家老に取り立てている。信政が成長し実際に藩政を取り仕切るようになると様々な功績を挙げ、弘前藩の全盛期を迎えることになる。政治面では御定書の策定によりにより藩の政治体制を立て直した。また、大規模な新田開発を行い4万5千石の弘前藩の石高が実際には28万石にまで増加したと記録に残されている。その他にも養蚕の振興、地場産業の育成などにも力を尽くし、弘前の名産である津軽塗もこの時に誕生した。元禄年間では名君として大名七傑に数えられるほどであった。しかし、晩年には藩を襲った大飢饉の際には10万人を超える餓死者をだしてしまうなどの失政をおかしてしまう。 信政は青森県弘前市にある高照神社に祭神として祀られている。信政は吉川惟足を師事し、吉川神道の奥義を授けられている事から、高照神社は吉川神道の様式に基づいた全国でも数少ない神社である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。