長谷部信連
はせべのぶつら
- 歴史的人物
- 男神・男性

月岡芳年

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング655位
- 武人
平安~鎌倉 [~1218年]
長谷部信連とは?
長谷部信連(1147-1218)は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての武将。加賀八家の一つである長氏の祖。平家物語に語られる長兵衛尉として知られている。後白河法皇の皇子・以仁王に仕えていた。1180年、以仁王が平家打倒を計画していることが公になった時、以仁王を園城寺へと逃がし、自らは検非違使の追っ手を迎え撃った。捕らえられ、六波羅で平宗盛に尋問を受けた際も屈せず、以仁王の行方は漏らすことがなかった。その勇猛さを称え、平清盛は信連を伯耆国日野郡に流罪とする。平家滅亡後にはこの功績を認められ、源頼朝から安芸国検非違使所に補されるとともに能登国珠洲郡大家荘を与えられた。1190年代には、頼朝の命を受け加賀の逆賊を討ち、江沼郡塚谷も与えられる。この地で信連は薬師如来に会い、温泉の復興を懇願されたという伝説が残されており、信連はこのために自身の家来12人を配属し、湯治場として山中温泉を復興させた。 石川県加賀市山中温泉南町ロや、石川県鳳珠郡穴水町にある長谷部神社では、長谷部信連を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
