長生院
ちょうせいいん
- 歴史的人物
- 女神・女性

秦神社所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 僧侶
戦国~江戸 [~1616年]
長生院とは?
長生院(?-1616)は、戦国時代から江戸時代にかけての女性、尼僧。別名にやや、末津姫などがある。浅野長政の正室。木下家定、くま、豊臣秀吉の正室・ねねの妹。実の父は杉原定利で母は朝日殿とされていて、ねねとともに浅野長勝夫妻の養女となったといわれている。ねねが秀吉のもとへ嫁ぐと、ややは安井重継の子・長政を婿養子として迎え入れた。浅野家は信長家臣の家柄だったが、秀吉の勢力が強くなってくると、姻戚である長政は秀吉の与力となった。信長の死後、長政は1583年の賤ケ岳の戦いでは戦功により近江国大津2万石に封じられ、京都奉行職を経て五奉行の筆頭に任じられた。この間もややは夫を支え、6人の子をもうけた。1611年、夫・長政が死去するとややは出家し、長生院と号した。1613年には長男・幸長に先立たれ、自身も1616年に江戸で死去した。生年は不詳だが、一説には享年68ほどだったと言われている。 広島県広島市東区二葉の里にある饒津神社では、夫・浅野長政、3人の息子たちとともに長生院も主祭神として祀られている。広島原爆の直後、社殿が倒壊大破する中、長政夫妻と息子たち五柱の御神璽は焼跡より奇跡的に発見、一時的に東照宮へ奉遷されたという。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
やややや
その他
お祢々おねね
その他
末津姫まつひめ
その他
