忠義王 神社の神様 - 神社ファン

忠義王

ただよしおう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

室町 [1440年~1457年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 忠義王とは?

    忠義王(?-1457)は室町時代の皇族。尊秀王の弟。御所の場所から河野宮とも呼ばれた。忠義王についての史料は乏しく血統などは定かでないが、言い伝えによると第99代後亀山天皇の曽孫とされる。両統迭立の約束が反故にされ、これを不服とした後亀山上皇は吉野に居を移した。後世、南朝の皇孫による朝廷は後南朝と呼ばれるようになる。1443年、南朝遺臣らが内裏に侵入し神璽を奪った「禁闕の変《きんけつのへん》」と呼ばれる事件が起きる。忠義王らはその神璽を奉じ、兄・尊秀王は北山郷に、忠義王は河野谷村に御所を構え南朝の再興を図った。その後、1441年の嘉吉の乱で滅んだ赤松氏の再興を望む遺臣よって2人の御所は襲撃を受け、兄弟ともに殺害され南朝の血は途絶えることとなった。一説には、忠義王は御所では討ち取られず、本村の高原で没したともいわれる。墓は奈良県川上村の金剛寺などに残されている。 忠義王は自天親王神社(奈良県川上村)で尊秀王と共に祭神としてまつられている。自天親王神社は、兄弟の死を悼んだ当時の住民によって墓のある金剛寺境内に建立された。尊秀王の物とされる武具を御神体としてあがめる儀式「朝拝式」が、500年以上にわたり現在まで続いている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    忠義王

    ちゅうぎおう

    その他

    河野宮

    こうののみや

    その他