藤原仲麻呂 神社の神様 - 神社ファン

藤原仲麻呂

ふじわらのなかまろ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング4751位

  • 公卿

奈良 [706年~764年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 藤原仲麻呂とは?

    藤原仲麻呂(706-764)は奈良時代の公卿。藤原武智麻呂の子で藤原真従らの親。藤原南家の祖を父にもち、名門藤原家の次男として生まれる。内舎人から始まり従五位下へと進んでいた737年、天然痘流行により、父・武智麻呂と叔父たち四兄弟が死亡する事態が起きる。これを機に仲麻呂は異例の早さで出世していく。叔母である光明皇后の信を得て、孝謙天皇即位の際には大納言となり、さらに皇后宮職の紫微中台長官と中衛大将を兼任し政権を握り、左大臣・橘諸兄をしのぐ勢力となる。橘諸兄の子・橘奈良麻呂の計画した反乱は密告によって未然に防ぎ、仲麻呂の対抗勢力は排除された。758年には自身が擁立した淳仁天皇が即位。恵美押勝の名を与えられ太保(右大臣)となり、762年には正一位と位階の最高位に昇り頂点を極めた。しかし光明皇太后が死去し、孝謙上皇の寵を受けた僧・道鏡を排除しようとし上皇と対立。反乱を企てるが失敗し、近江国(滋賀県)で捕らえられ妻子や一族郎党もろとも処刑された。 仲麻呂は植槻坐藤原神社(奈良県大和郡山市)で祭神としてまつられている。植槻坐藤原神社は植槻八幡神社の摂社であり、祖父・藤原不比等や父・武智麻呂と共に併祀されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    藤原恵美押勝

    ふじわらえみのおしかつ

    その他

    恵美大臣

    えみだいじん

    その他