中川秀政 神社の神様 - 神社ファン

中川秀政

なかがわひでまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 武人

戦国 [1568年~1592年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 中川秀政とは?

    中川秀政(1568-1592)は、戦国時代の武将。父は中川清秀、弟に中川秀成、妻は織田信長の娘・鶴姫。父とともに信長や羽柴秀吉に仕えていた。1583年に父・清秀が戦死、15歳で家督を継ぐ。その後の小牧長久手の戦いや四国征伐で功を挙げ、元の摂津国茨木5万石から播磨国三木13万石へと加増移封された。1592年の文禄の役では、3,000の兵を率いて渡海。最初の内は各地で秀吉軍が勝利していたが、戦いが長引くにつれて膠着状態に陥った。異国の地で地形把握もままならず、食糧確保も難しく、徐々に疲弊していく秀吉軍だったが、そんな中、不用心にも秀政は敵地で鷹狩りを行い、その最中に敵の伏兵に襲われあっけなく横死した。享年25。鷹狩りをした理由については、信長のように鷹狩りによって指揮系統の確認をしていたという説や食糧確保説などもあるが、不明である。秀政の重臣たちはこの不用心な死に大変困って、巡視中の戦死として報告したが、虚偽の報告であることはすぐに露見することとなった。 大分県竹田市にある中川神社では、父・中川清秀や弟・秀成とともに秀政が主祭神として祀られている。元々は荘嶽社との名で岡城内にあったものが遷座されたものである。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。