萱野重実
かやのしげざね
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩士(赤穂藩)
戦国 [1675年~1702年]
萱野重実とは?
萱野重実(1675-1702)は江戸時代前期の武士。赤穂藩浅野家の家臣で、俳人としても知られている。1687年、父・萱野重利の主人・大島義近の推挙で、播磨国赤穂藩主・浅野長矩に仕えはじめた。1701年、主君・浅野長矩が江戸城内で吉良義央を斬りつける事件が起こった。この事件を浅野家の江戸上屋敷で知った重実は、事件の第一報を赤穂へ伝えるために早駕籠で全速力で向かった。途中、街道沿いにある萱野家に通りかかると、偶然にも前日に亡くなった母・小満の葬列に出会い、一目母に会えと勧められるが、「御家の一大事」と涙ながらに振り切ったという。赤穂城開城後は故郷の摂津国萱野村に帰った。父・重利は重実を大島家へ士官させたがったが大島家は吉良家との繋がりが強かったため、赤穂の同志との義盟や主君への忠義心と父の勧めの狭間で思い悩み、主君の月命日に切腹をした。大石良雄にあてた遺書の中には、同志とともに約束を果たせぬことを詫びていた。切腹した長屋門西部屋の横に、「晴ゆくや日頃心の花曇り」という辞世の句碑が残されている。 兵庫県赤穂市上仮屋字東組にある大石神社には、大石良雄や赤穂浪士47士とともに萱野重実が御祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
大石神社
(兵庫県赤穂市上仮屋129)
