中条右近太夫
ちゅうじょううこんだゆう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- その他
江戸 [~1663年]
中条右近太夫とは?
中条右近太夫(?-1626)は江戸時代初期の農民。近太夫が生まれた菊川は幕府直轄領として統治され4万石を超える米の一大産地であった。しかし、近太夫の居住する嶺田地区は水が乏しく長年日照りや干ばつに悩まされていた。近太夫は近隣の村である奈良渕からの用水の整備を計画したが、農民の身分で灌漑整備などの普請は許される行為ではなかった。右近太夫は自らの手で用水の整備を決意し、家族に罪が及ぶことを恐れて離別、自身は狂人を装い地面を這い回る、あるいは木に登り凧をあげ土地の測量を行うなどして用水整備のための準備を進めていく。その行いは周囲の目からは奇異に映り凧狂いの右近などと一時は揶揄されていた。しかしその後、測量から用水整備の計画を作り上げた右近太夫は越訴と呼ばれる当時の領主を超越して直接幕府に直訴するという暴挙に及んだ。結果、右近太夫の直訴は取り入れられ用水を引くことに成功し嶺田用水と呼ばれ現存しているが、右近太夫の越訴は重罪として処刑されてしまう。 右近太夫は静岡県菊川市にある井宮神社に祭神として祀られている。井宮神社では嶺田用水によって農業生産力が向上した功績を讃えて、右近太夫の命日である1月22日に祭礼が執り行われている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
