中井清太夫 神社の神様 - 神社ファン

中井清太夫

なかいせいだゆう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 幕臣(旗本)

江戸 [1732年~1795年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 中井清太夫とは?

    中井清太夫(?-?)は江戸時代の武士。大和国(奈良県)の農民の家に生まれ、江戸に出て徒士になったとも伝わるが定かではない。1774年に甲斐国(山梨県)上飯田代官に就任。さらに甲府代官となり谷村代官を兼任し13年間甲州での任に就いた。1782年から起きた天明の飢饉では、幕府に願い出て九州から種芋を取り寄せ馬鈴薯の栽培を試み普及に尽力した。清太夫が馬鈴薯を栽培させたことにより、天明・天保の飢饉を甲州の人々は乗り切ったといわれる。その後、陸奥国(福島県、宮城県、岩手県、青森県)小名浜代官となったが、甲州での新田開発の検知に関する罪などに問われ、1791年に代官を罷免された。一方で甲州の人々には善政を敷いた代官として慕われ、上野原町の龍泉寺に祠を建立し「芋大明神」としてまつられた。祠はすでに失われたが、由来が刻まれた石碑が現在も残されている。 清太夫は神明神社(山梨県甲府市)で祭神としてまつられている。縁起によれば、甲府城築城に際して、この地の領民は強制的に移住させられている。田畑が遠くなり、不便を強いられていた領民の訴えを聞き届け、元の場所へ戻ることを許した清太夫に感謝した領民が、祠を建立しまつったとされる。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。