秩父宮雍仁親王
ちちぶのみややすひとしんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

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祭神ランキング1527位
- 皇族
明治~昭和 [1902年~1953年]
秩父宮雍仁親王とは?
秩父宮雍仁親王(1902-1953)は明治~昭和時代の皇族。第123代大正天皇と貞明皇后の第2皇子で昭和天皇の弟。妻は勢津子妃。幼少期の称号は淳宮で、成人に際し宮家を創立し秩父宮と称した。宮号は祖父・明治天皇の崇敬した秩父領であり、日本武尊の故事に由来している。1928年に最後の会津藩主を祖父とする、松平恒雄の長女・勢津子と結婚。陸軍士官学校、陸軍大学校と進み、第二次世界大戦では陸軍に所属し少将にまでなった。1940年に肺結核と診断されたため、御殿場別邸に居を移し療養に入る。戦後は療養生活を送りながら執筆活動を行った。1952年に住まいを鵠沼別邸に移したが病状は回復せず、翌年50歳で死去した。スキーや登山を始め広くスポーツを好み、英国のオックスフォード大学留学中にはマッターホルンに登頂している。日本ラグビーフットボール協会の名誉総裁を務めるなど、スポーツの振興に尽力した。秩父宮ラグビー場は、親王の遺徳を偲び東京ラグビー場から名称が変更された。 親王は秩父神社(埼玉県秩父市)で祭神としてまつられている。秩父地方は宮号に因んだ土地であり、成婚の年には勢津子妃と揃って1週間滞在している。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
秩父神社
(埼玉県秩父市番場町1-3)
