竹俣當綱 神社の神様 - 神社ファン

竹俣當綱

たけのまたまさつな

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
竹俣當綱

Masatsunatakemata999(CC 表示-継承 4.0)

祭神ランキング1527位

  • 藩士(米沢藩)

江戸 [1729年~1793年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 竹俣當綱とは?

    竹俣股當綱命(1729-1793)は江戸時代の武士。竹俣本綱の子で竹俣厚綱の親。米沢藩(山形県)の上級藩士・竹俣家に生まれる。竹俣家は、かつて越後国(新潟県)の竹俣城を居城としており、主君上杉家の移封に従い会津に移った名門で、代々奉行や侍頭などを務めている。3歳の時に父・本綱が死去。18歳で祖父より家督を継ぎ、知行1000石で侍組となる。1761年に江戸家老となり、その後は奉行へと昇進した。上杉鷹山が第9代藩主となると、當綱命は中心人物として藩政改革を主導していく。漆・桑・楮の植林、越後から織の技術を導入し米沢織を確立するなど産業の振興に努めた。江戸の豪商とも協力関係を結ぶなどしたが、藩財政はすぐには好転せず、また當綱命自身に権威を笠に着る振る舞いが見られるようになり、1782年に鷹山より隠居・押込の処分を受ける。蟄居中も改革意見書を書き続け、数年後に罪は許されたが現場復帰はままならず1793年に65歳で死去した。 當綱命は松岬神社(山形県米沢市)で祭神としてまつられている。松岬神社は、鷹山を上杉神社から分祀したことに始まり、當綱命は藩政改革に携わった功臣として、莅戸善政と共に合祀された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。