池田光仲
いけだみつなか
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 藩主(鳥取藩)
江戸 [1630年~1693年]
池田光仲とは?
池田光仲(1630-1693)は、因幡国鳥取藩初代藩主、鳥取藩池田家宗家3代。父は池田忠雄、母は三保姫、妻は茶々姫。1632年に父の忠雄が死去し、若干3歳で家督を継いだ。幼少ながら家康の外曾孫ということもあり改易を免れて、叔父の池田輝澄、輝興、光政が後見人となった。実力を持った家老などが藩政を司り、実際に光仲が国に入ったのは藩主になって16年後だった。以降は光仲も熱心に開墾、治水工事、新田開発などに尽力する。1650年、かねてより幕府に勧進を出願していた鳥取東照宮が完成。これは光仲の藩主としての威厳を示すためという意味もあったと言われている。その後も藩の実力者を罷免するなど、光仲自身の権力を強化、盤石なものとした。1685年に長男の綱清に家督を譲ったが、政治への熱意は冷めることがなく後見人として様々な面で綱清の藩政を助ける。光仲の治世は実に54年間にも及んだ。1693年、脳卒中のため死去。享年64歳。 鳥取県鳥取市上町にある鳥取東照宮は、光仲自身が創建した神社だが明治時代に池田忠興、忠雄、慶徳とともに光仲も祭神として合祀された。現在は荘厳な佇まいの本殿などが国の重要文化財に指定されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
東神社
(北海道岩見沢市東1番地)
