池田輝政 神社の神様 - 神社ファン

池田輝政

いけだてるまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
池田輝政

鳥取県立美術館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • 大名

安土桃山~江戸 [1565年~1613年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 池田輝政とは?

    池田輝政(1565-1613)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。美濃国池尻城主、三河国吉田城主、播磨国姫路藩の初代藩主。姫路城を現在の姿に改修したことでも知られている。父は池田恒興、母は善応院。妻は督姫。父や兄・元助とともに信長に仕え、1580年には花隈城攻略の際に荒木軍の武士5・6名を自ら討ち取り、信長から感状を与えられた。本能寺の変後、信長の葬儀では輝政が羽柴秀勝とともに棺を担いだ。1584年、小牧長久手の戦いで父・恒興と兄・元助が戦死すると家督を継ぎ、それまでの美濃池尻城から美濃大垣城へ、翌年には岐阜城主となる。その後は秀吉軍として豊臣一族に準じる厚遇を受け、秀吉の主要な合戦の大半に従軍し、三河国の渥美など4郡15万2千石に加増され、吉田城主になった。秀吉亡き後は家康に仕え、文治派の石田三成と対立し、石田三成襲撃事件にも加担する。関ヶ原の戦いでは岐阜城攻略に参加し、この功績で播磨姫路52万石に加増移封され、初代姫路藩主となった。翌年から1609年にかけて、姫路城を大規模改修する。姫路城の他にも河川開発や都市開発、江戸城普請などにも尽力し、徳川との絆もまた強固なものとなった。 岡山県備前市八木山にある鏡石神社では、池田輝政を祭神・日乃星照神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    日乃星照神

    ひのほしてるのかみ

    その他

    祀られている主な神社

    閑谷神社
    (岡山県備前市閑谷748)
    鏡石神社
    (岡山県備前市八木山757)