池上幸豊 神社の神様 - 神社ファン

池上幸豊

いけがみゆきとよ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [1718年~1798年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 池上幸豊とは?

    池上幸豊(1718-1798)は江戸時代の人物。池上幸定の子で、藤原忠平の末裔を称していた。幸豊は大師河原村(現在の神奈川県大師町)に生まれ、12歳の時に亡くなった父の跡を継いで村の名主となった。若い時分から算数・農業・天文といった実用的な学問を学んでいた幸豊は、やがて殖産興業の一環として新田開発の許可を幕府に申し出る。まずは1756年頃から沿岸部の開拓に着手し、767両あまりの費用と6年の歳月をかけて、約143ヘクタールを埋め立てて水田を開拓した。神奈川県の池上新町・池上町は、この時に拓かれた「池上新田」の跡地に造られた町である。幸豊はこの他にも、製塩・芒硝・養魚・果樹栽培・砂糖精製などを関東に広め、我が国の殖産興業の発展に多大な貢献を果たした。幸豊は池上新田の功績によって幕府にも一目置かれるようになり、後に「新田世話役」のお役目を与えられ、幕府主導の新田開発政策にも大きく寄与している。 幸豊を祭神として祀っているのは、1761年に池上新田の守護神として創建された汐留稲荷神社(神奈川県川崎市)。また同神社の境内には、地域発展の基盤を作り上げた幸豊の功績を称える「池上幸豊翁之碑」も建立されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    池上太郎左衛門

    いけがみたろうざえもん

    その他

    祀られている主な神社

    汐留稲荷神社
    (神奈川県川崎区池上新町2ー24ー21)