滝口盛定
たきぐちもりさだ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安
滝口盛定とは?
滝口盛定(?-?)は平安時代後期の人物。父親は平安時代後期の北面の武士であり民部大輔であった藤原盛重である。盛定は第72代天皇である白河天皇に仕えた後、高尾山に登り仏門に入る。その後盛定は三浦氏の幕賓となり衣笠(横須賀市)の平作に居住した。盛定には父盛重が高尾山の神護寺に参詣の際に捨て子を拾い養育した捨兵という郎党が仕えていた。捨兵は長じて藩校的な振る舞いが目立つようなり、盛定は成敗することを考えたが海雲和尚という老僧の命乞いにより思いとどまった。命を救われた捨兵は老僧の元で行を修めるようになり、村が飢饉となった際に桜の枝を手折り、そこから湧き出る水で村を救ったと言われる。この事により、捨兵は滝本盛兼と名乗り村の名主となったが、成敗を思いとどめた盛定への感謝の気持ちを大きく持っていたと伝えられている。 盛定は神奈川県横須賀市久村にある御瀧神社に祭神として祀られている。御瀧神社は盛兼が恩人とした盛定を水神として祀り御瀧権現とお祀りしたことが創始とされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
