醍醐天皇
だいごてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 天皇
平安 [885年~930年]
醍醐天皇とは?
醍醐天皇(885-930)は平安時代の皇族。第59代宇多天皇の第1皇子で朱雀天皇らの親。父・宇多天皇の即位に伴い皇族に列し、親王宣下ののち名を敦仁と改めた。897年に元服を迎えると同時に即位。父上皇からは帝としての心得を示した「寛平御遺誡」を与えられる。これに従い、左大臣の藤原時平と右大臣の菅原道真を重用し政務にあたらせたが、時平の讒言を受け道真は太宰府に左遷。以降、権力は時平に集中する。道真が太宰府で死去し、数年後の時平死去に続いて皇太子、皇太孫が早世すると、これらの不幸は道真の怨霊によるものとされ、祟りを恐れた醍醐天皇は道真を右大臣に戻し正二位を追贈した。しかし異変が止むことはなく、醍醐天皇も病に倒れる。皇太子の寛明親王(後の朱雀天皇)に譲位し数日後に出家。同日死去した。 醍醐天皇は、摂政・関白を置かず親政を行い多くの業績を残している。班田の励行、荘園整理令の施行、皇族、貴族による山野占有の停止など改革を行った。醍醐天皇の治世は律令政治の理想とされ、後世「延喜の治」と尊ばれた。また歴史書「三代実録」や、法令集「延喜格式」などの編纂、初の勅撰和歌集となる「古今和歌集」を完成させ文化面でも実績をあげた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
敦仁親王あつぎみしんのう
その他
