大友政親 神社の神様 - 神社ファン

大友政親

おおともまさちか

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 大名

室町~鎌倉 [1444年~1496年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 大友政親とは?

    大友政親(1444-1496)は室町~戦国時代の武士。大友親繁の子で大友義右の親。豊後国(大分県)・筑後国(福岡県)の守護大名・大友氏に生まれる。大友氏は、数代にわたり交互に家督を相続する両統迭立が続いたが、父・親繁の代で1本化されたことで政親が16代当主となった。政親の正室は中国地方の守護大名・大内教弘の娘であり、大内氏からは度々干渉を受けることとなる。政親は当主就任から11年で家督を嫡男・義右に譲り隠居したが、大内氏からの干渉は止まず、家中での混乱も続く中、従兄弟の大友親実(大聖院宗心)が暗躍したとされる。そのため政親・義右の仲に不和が生じ、家臣も政親派と義右派に二分した状態となった。その後、父子は和解した時期もあったが、政親の異母弟・日田親胤の起こした謀反を機に再び対立する。1496年に義右が急逝すると、政親による毒殺との噂が立つ。臼杵にいた政親は、筑前立花に向け出帆するが遭難し、大内氏領内の長門国(山口県)赤間関で捕らえられる。出家を希望したとも伝えられるが、主従共に切腹させられた。 政親は御霊社(大分県臼杵市)で祭神としてまつられている。主君の死を悼んだ家臣の小倉氏によって政親の霊がまつられた。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    御霊社
    (大分県臼杵市大字戸室162番)