大蔵春実
おおくらのはるざね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公家(貴族)
- 武人
平安
大蔵春実とは?
大蔵春実(?-?)は、平安時代中期の武人。朱雀天皇、村上天皇に仕えた。系譜や出自には諸説あり、父や母もはっきりとしていない。妻は小野好古の娘。官位は従五位下、対馬守兼大宰大監。939年に伊予で藤原純友が反乱を起こした天慶の乱の鎮圧に向け、追捕山陽南海両道凶賊使の主典として派遣される。源経基、小野好古らとともに活躍し、菊桐の紋と日の丸の印を拝領、筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬の管領職となった。春実は神功皇后ゆかりの地とされる宮の丘で戦運を祈願し、この天慶の乱を平定できたことから、この地の守護神として秋月八幡宮の前身となった神社を建立したといわれている。960年には平安京に平家の残党が入り込もうという噂が立ち、それを防ぐために源経基の子・満仲と武士団を形成、都の警護を務めた。子孫も代々世襲で大宰府の官人を務めた。 宮崎県児湯郡高鍋町の舞鶴神社は、大蔵春実とその子孫・秋月家歴代神霊を御祭神として祀っている。この地は戦国時代の直後に復興を果たした秋月家が居城を構えていたことに由来する。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
舞鶴神社
(宮崎県高鍋町大字上江1345)
