大石内蔵助
おおいしくらのすけ
- 歴史的人物
- 男神・男性

赤穂大石神社所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 家老(赤穂藩)
江戸 [1659年~1703年]
大石内蔵助とは?
大石内蔵助(1659-1703)は、江戸時代前期の武士。播磨国赤穂藩の筆頭家老。内蔵助の名は通称であり、本名は良雄である。大石良昭の長男。19歳の時に祖父の遺領1500石と通称を受け継ぎ、赤穂藩の家老見習いとなる。21歳で正式な筆頭家老となった。1701年、主君・浅野内匠頭が、江戸城の松の廊下で吉良上野介を短刀で刺すという「殿中刃傷事件」をおこす。江戸城内での抜刀はご法度だったため、内匠頭の切腹が命じられ、赤穂藩は改易、内蔵助たち家臣も浪人の身となる。上野介には何のお咎めもなく、これを内蔵助は不満に思った。内匠頭の弟・浅野大学への家督相続を望んだがそれも退けられてしまい、内蔵助はついに主君の恨みを晴らすため、吉良上野介への仇討を画策。江戸中で仇討の噂が立っていたので、吉良邸も警戒して用心棒を100名以上用意していたという。赤穂浪士47名を率いて、吉良邸へ討ち入りした。2時間近くの激闘の末、ついに上野介を見つけ出し討ち取った赤穂浪士一行は、上野介の首を持ち内匠頭の墓へと報告を済ませると、幕府へ自首をし、全員切腹を命じられた。 京都市山科区にある大石神社は大石内蔵助を主祭神として祀っている。主君の仇討という願いを果たしたことから、心願成就のご利益があるとして多大な信仰を集めている。
ご神徳
心願成就
別称・異称
大石良雄おおいしよしお
その他
