大石宿祢三原麿
おおいしのすくねみはらまろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
奈良
大石宿祢三原麿とは?
大石宿祢三原麿(?-?)は、750年頃の時代の人物。大石宿禰格麿の子。城崎郡の軍団大将である大領を務めた人物である。元来は物部韓国連という姓だったが、格麿が大石宿祢を賜り、大石と改めた。三原麿の子・正躬は、780年に城崎郡司として、正八位上を授かった後、父・三原麿を手厚く葬りそこに祠を建てた。これが三原麿を主祭神として祀っている鏡神社の始まりとなっている。初めの名前は三原神社だったが、時がたつにつれ社名が忘れられ、江戸時代後期には京都白川家から山神宮の名を受けた。その後鏡大明神という旧名に変更が認められ、現在に至る。 豊岡市三原にある鏡神社は、現在でも大石宿祢三原麿を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
鏡神社
(兵庫県豊岡市三原字石地蔵谷730番)
