知識彦三郎行覚 神社の神様 - 神社ファン

知識彦三郎行覚

ちしきひこさぶろうぎょうかく

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

南北朝 [~1353年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 知識彦三郎行覚とは?

    知識彦三郎行覚(?-1354)は、南北朝時代の人物。出水郡の在地領主の伴姓和泉氏一族は、有力な南朝の勢力(宮方)として島津氏に抵抗しており、尾崎城や木牟礼城の周辺でたびたび戦いが行われていた。島津貞久は三男・島津諸久に、西薩の市来氏や北薩の和泉政保・牛屎高元、肥後の葦北党らと連合していた南朝勢力の尾崎城を攻めるよう命じた。当時の尾崎城城主であった知識彦三郎行覚は激しい攻撃に耐えていたが、2日目に落城。行覚は馬にまたがり城を抜け出そうとしたが、深い湿田に馬ごと落ちてしまったところを矢に射抜かれて落命した。 鹿児島県出水市中央町にある大将軍神社は、無念の死を遂げた知識彦三郎行覚を慰めるため、主祭神・大将軍之神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。