大江磐代
おおえいわしろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 皇族
江戸 [1744年~1813年]
大江磐代とは?
大江磐代(1744-1813)は江戸時代中期の人物。父親の岩室常宗賢は鳥取藩主家老荒尾氏の家臣であり禄高150石の侍であった。母親の竟は鉄屋小町と呼ばれるほどの美貌を持ち、父宗賢とは当時としては珍しい恋愛結婚であったと言われている。父宗賢は医者になるために子供であった磐代を伴って京に上る。京では磐代を禁中御使番の大江守意の妻壽仙に託し、礼儀作法や教養全般を身につけさせた。やがて磐代は宮中の女官であった即心院に仕えるようになり、その美貌と教養が認められて成子内親王の侍女となり閑院宮家に出仕する。その後、閑院宮典仁親王の側室となり5人の皇子に恵まれることになる。第118代後桃園天皇が急逝すると、磐代の第1子である祐宮が後桃園天皇の養子とされ第119代光格天皇として即位する。以降、光格天皇の血筋が現天皇まで耐えることなく続くことになる。磐代の教養や美貌は他の宮仕えの者や貴族に引けを取るものではなかったが、天皇の生母としては異例の出自の低さであったと言われている。 磐代は鳥取県倉吉市にある大江神社に祭神として祀られている。大江神社は磐代を顕彰し大正時代に入り創建された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
大江神社
(鳥取県倉吉市仲之町3455)
