大江匡房 神社の神様 - 神社ファン

大江匡房

おおえのまさふさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
大江匡房

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 公卿
  • 学者
  • 歌人

平安 [1041年~1111年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 大江匡房とは?

    大江匡房(1041-1111)は平安時代後期の公家であり学者。大学頭を務めた大江成衡の子供。大江匡衡、赤染衛門のひ孫にあたる。出自となる大江家は代々文章道を修める学識豊富な家柄である。匡房は幼いころから神童としての誉れがたかく、四歳にして書を読み、八歳にして史漢に通じたと言われている。匡房は東宮学士として後に即位して後三条天皇となる尊仁親王に仕えたのをはじめ、白河天皇、堀河と三代にわたり東宮学士として仕えた。その後、権中納言に任ぜられ大宰権帥として一時は筑紫に下向。京に戻った後、再度大宰権帥を任ぜられるが、その際は病を理由に下向していない。大蔵卿に任ぜられるがその年に享年71歳で死去した。匡房の秀でた博識は高く評価され、しばしば菅原道真とも比較される。「江家次第」、「狐媚記」などを始めとして著作は多く、また、歌人としての才能にも恵まれ「後拾遺和歌集」などの勅撰和歌集にも多くの歌を残している。 匡房は長野県上高井郡小布施町にある郷原神社に祭神として祀られている。郷原神社は匡房の十代後の子孫にあたる郷原直衡がこの地に越後国南荘より阿保神社を勧請した。その際に遠祖に当たる匡房を祭神として合祀した。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    権中納言匡房

    ごんちゅうなごんまさふさ

    その他

    祀られている主な神社

    郷原神社
    (長野県小布施町大字押羽590)