大原金子
おおはらのぜんし
- 歴史的人物
- 女神・女性

祭神ランキング1527位
- 公卿母
平安
大原金子とは?
大原金子(?-?)は、平安時代前期の女官。嵯峨天皇が809年に即位した後、交野女王とともに妃に迎えられ、嵯峨天皇の寵愛をうけ3人の子を産んだ。中でも長男の源融は、紫式部が執筆した源氏物語の主人公である光源氏のモデルにもなったと言われている。皇子でありながら皇族から離れ、鵜川のほとりに居を構え河原院・河原大臣と呼ばれた。宇治の別荘はのちの平等院である。次男の源勤は右兵衛督、近江守、右衛門督を兼任し、西七条宰相と呼ばれた。もう一人の源盈姫も嵯峨天皇によって源姓を与えられ、臣籍になっている。金子自身は849年に正五位下になった。 滋賀県大津市伊香立南庄町にある融神社には、源融とその母である大原金子を御祭神として祀っている。源融がこの場所に閑居を設け、そこに鏡を埋めたものを、後に伊香立の荘官が掘り出して神璽とし、融を祀ったのがはじめとされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
融神社
(滋賀県大津市伊香立南庄町1846)
