大久保忠真 神社の神様 - 神社ファン

大久保忠真

おおくぼただざね

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
大久保忠真

小田原城所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(小田原藩)

江戸 [1782年~1837年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 大久保忠真とは?

    大久保忠真(1778-1837)は、江戸時代後期の大名、老中。相模国小田原藩第7代藩主で、小田原藩大久保家9代。大久保忠顕の長男。1796年に父の死去により家督を継いだ。1804年、寺社奉行となる。当時は隠居して楽翁と名乗っていた松平定信のもとで教えを受け、定信の推挙で老中となって20年以上在職した。当時財政難に陥っていた小田原藩を立て直すために二宮尊徳(金次郎)を登用することを提案するが、身分を重んじる藩の重役たちに阻まれる。尊徳の手腕を証明するため、分家・宇津家の下野国桜町の復興を依頼。それまで失敗続きだった桜町の復興を尊徳はやり遂げ、それを元に忠真は重役たちを説得し、1837年、尊徳に小田原本藩の復興を依頼。忠真が尊徳の登用を提案してからすでに15年の月日が流れ、忠真はこの頃病に臥せていた。尊徳の小田原藩内の農村改革が行われたが、同年のうちに忠真が死去してしまい、後ろ盾を失った尊徳の小田原藩改革は反対派に阻まれ、結局頓挫した。 神奈川県小田原市城山にある大久保神社には、大久保忠真が大久保忠世とともに祭神として祀られている。大久保神社は元々は小田原城天守台に忠世を祀り創建されたが、城跡が御用邸になるにあたり現在の場所へと遷宮された。遷宮の折に忠真を併せて祀り、現在に至る。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    大久保神社
    (神奈川県小田原市城山3ー27ー7)