多治比文子 神社の神様 - 神社ファン

多治比文子

たじひのあやこ

  • 歴史的人物
  • 女神・女性

祭神ランキング1527位

  • その他

平安

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 多治比文子とは?

    多治比文子(?-?)は平安時代の女性。菅原道真の乳母を務め、讒言により太宰府に流されることとなった道真が、別れに際して自身が彫った神像を託したともいわれる。伝承によると、道真死後の942年「縁の深い右近の馬場にまつるよう」道真のお告げを受ける。しかし身分もなく貧しい文子には社を建立するなど難しく、自分の庭に小さな祠を設けて道真を日々拝していた。道真を天神としてまつったのは文子が初めてであり、これが天神信仰の始まりといわれている。数年後、近江国(滋賀県)比良宮の神職・三和良種の子に神託があり、それを機に文子は良種や朝日寺(現在の北野東向観音寺)の僧・最鎮らの力を借り、北野の地に社殿を建立。道真をまつるに至った。 文子は文子天満宮(京都市下京区ほか)で祭神としてまつられている。北野天満宮の創建には文子の働きがきっかけとなっており、文子天満宮は「北野天満宮の前身神社」と呼ばれている。初めに道真をまつっていた文子の住居跡は、霊地として社殿を建立し文子天満宮となり、明治時代には北野天満宮の境内に遷宮された。この旧跡には小祠が建てられ、年に一度の文子天満宮祭で道真の御霊を迎え入れる御旅所となっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。