多久安順 神社の神様 - 神社ファン

多久安順

たくやすとし

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
多久安順

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 武人

安土桃山~江戸 [1566年または1563年~1641年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 多久安順とは?

    多久安順(1566-1641)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。龍造寺氏、鍋島氏の家臣で、多久鍋島家初代当主。龍造寺長信の子。正室は鍋島直茂の娘で、筑紫筝の創始者諸田賢順に学び筝の名手として知られている千鶴。安順の生年については1566年または1563年とする説がある。文禄の役、慶長の役に参加した際、主君・直茂により朝鮮から連行された若者・李参平たちを、安順と面識があったとの理由から多久家領内の西高麗谷に住まわせた。しばらくしてこの若者が故郷では陶工をしていたと知ると、安順は試作を作るよう指示し、李参平は1599年から陶器づくりを始めたと言われている。これが肥前国磁器(伊万里焼)の源流となっている。安順は関ヶ原の戦いでは主君に従い西軍で参加したが、徳川家康に大量の米を贈ったと言われている。1607年に龍造寺氏が断絶した後は鍋島氏に重用され、親族同様の待遇で佐賀城内にも多久屋敷を構え、佐賀藩請役を務め、実質的には藩政を采配した。 佐賀県多久市多久町にある多久神社には、龍造寺家兼、長信、多久茂族、茂文とともに安順が御祭神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。