尊秀王
たかひでおう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング776位
- 皇族
室町 [1440年~1457年]
尊秀王とは?
尊秀王(?-1457)は室町時代の人物。金蔵主の子とされているが諸説ある。尊秀王の生涯は謎に包まれており、文献に残る名称からして「源尊秀《たかひで》」「鳥羽尊秀《そんしゅう》」「自天王」など表記揺れが目立つ。わかっているのは尊秀王が南朝の再建を図る後南朝の指導者であったことと、「禁闕の変」の首謀者だったことである。禁闕の変とは、尊秀王が後南朝の軍勢を率いて御所を襲撃し、三種の神器のうち天叢雲剣と八尺瓊勾玉の2つを奪い去った事件のこと。幕府側は間もなく天叢雲剣を取り返したが、八尺瓊勾玉は後南朝の本拠に持ち帰られてしまった。その後、八尺瓊勾玉は十数年に渡って尊秀王のもとに置かれたが、スパイとして後南朝に潜り込んでいた赤松氏遺臣らによって奪還され、これまた赤松氏遺臣の丹生屋帯刀左衛門によって尊秀王は討たれた。享年18歳と伝わるが、それだと禁闕の変を起こした頃はまだ3歳だった計算になるため実際のところは不詳。 尊秀王は奈良県吉野郡にある北山宮の主祭神として祀られている。同神社は明治26年まで北山神社と称していたが、のち北山に本拠を置いた尊秀王の異称のひとつである「北山宮」の名称に改められた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
北山宮きたやまのみや
その他
自天王じてんのう
その他
