足利義昭
あしかがよしあき
- 歴史的人物
- 男神・男性

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祭神ランキング1527位
- 征夷大将軍
室町~安土桃山 [1537年~1597年]
足利義昭とは?
足利義昭(1537-1597)は室町時代~安土桃山時代の人物。足利義晴の子、足利義尋の親。室町幕府第15代将軍。室町幕府第12代足利義晴の子として生まれる。家督相続者ではなかったため、足利将軍家の慣例に従い出家する。室町幕府第13代将軍となっていた兄、足利義輝が暗殺されたのを機に還俗。織田信長の庇護のもと、上洛し、室町幕府第15代将軍となる。信長とは次第に対立関係になり、武田信玄らの力を借りて、信長を追い詰めるようになるが、結局は不利な立場になり、最後には京都を追われる。実質的な室町幕府の滅亡である。その後、信長が本能寺の変にて死去すると、将軍職から退き、大名として残りの人生を過ごした。亡くなる数年前には、豊臣秀吉の朝鮮出兵である文禄・慶長の役に参加した。晩年の秀吉の良き話し相手として、秀吉の御伽衆の一人にも数えられている。 足利義昭は惣堂神社(広島県福山市)に祀られている。信長により京都を追われた義昭が向かったのが、備後国(広島県福山市)である。備後国にたどりついた義昭が御殿を構えたのが鞆であり、義昭の死後、その死を悼み、不遇の人生を過ごした義昭の慰めとなるよう創建された神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
福島金谷神社
(宮崎県串間市大字南方4276番)
