足助重範 神社の神様 - 神社ファン

足助重範

あすけしげのり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
足助重範

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 武人

鎌倉 [1292年~1332年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 足助重範とは?

    足助重範(1292-1332)は鎌倉時代の人物。足助貞親の子、足助重政らの親。飯盛山城(愛知県豊田市)城主の子として生まれる。後醍醐天皇が鎌倉幕府倒幕を企てた正中の変において、父が戦死、後を継ぎ、足助氏7代目惣領となる。正中の変より数年後に起こった元弘の乱では、後醍醐天皇側につき、善戦する。重範は弓の名手であったことで知られ、笠置山の戦いにおいては、笠置山で篭城する後醍醐天皇の元へ一番に馳せ参じ、敵を数多く討ち取った。天皇側の総大将もつとめている。しかし、その後笠置山は陥落、重範も捕縛され、六条河原(京都府京都市)で処刑される。この様子は太平記にも記されている。笠置山で戦死したという説もある。 足助重範は足助神社(愛知県豊田市)に祀られている。死後長らく「賊軍の将」とされてきた重範であったが、明治天皇からの位を贈られたことで名誉が回復した。現在では、笠置山の戦いにおいて、天皇の呼びかけに一番に応えた武将であることなどから、忠臣として称えられている。熱田神宮の建て替えに際して、摂社の一つを譲り受ける形で創建された足助神社に祀られた。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    足助神社
    (愛知県豊田市足助町宮ノ後13番)