蘇我堅塩媛
そがのきたしひめ
- 神話・伝説
- 女神・女性

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蘇我堅塩媛とは?
蘇我堅塩媛は記紀神話などに登場する女神。岐多斯比売、岐多志比売命、吉多斯比弥乃弥己等とも表記される。蘇我稲目の子で、橘豊日皇子(第31代用明天皇)、豊御食炊屋姫尊(第33代推古天皇)らの親。兄弟に蘇我小姉君、蘇我馬子らがいる。第29代欽明天皇の妃。7男6女を産み、うち2人が天皇となるなど蘇我氏の外戚としての地位を固め、一族の繁栄に大きく貢献した。没後、娘の推古天皇によって欽明天皇の檜隈大陵に改めて葬られた。日本書紀にはその際、軽の街中で死者に対して哀悼の意を表す誄《しのびごと》の儀式が行われたと記されている。梅山古墳(奈良県高市郡)が陵墓として宮内庁に治定されているが、近年は丸山古墳(奈良県橿原市)とする説も有力となっている。 蘇我堅塩媛は日野宮神社(福井県今立郡)で祭神としてまつられている。社伝によれば、第3子の臘嘴鳥皇子が岩窟に猛狼を封じまつったことに始まるとされ、狼(王神)神社とも呼ばれる。後にこの地で崩じた臘嘴鳥皇子と、その母である蘇我堅塩媛が合祀された。
出典文献
古事記
日本書紀
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
岐多斯比売きしたひめ
古事記
