前田利保 神社の神様 - 神社ファン

前田利保

まえだとしやす

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
前田利保

富山市博物館所蔵(前田利保公能舞三姿図 パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(富山藩)

江戸 [1800年~1859年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 前田利保とは?

    前田利保(1800-1859)は江戸時代後期の大名。越中富山藩の第10代藩主。第8代藩主・前田利謙の次男。1835年に第9代藩主・前田利幹が隠居し、家督を継いだ。元々財政難に苦しめられていた富山藩だったが、大凶作や幕府への供出金などでさらに困窮する。この対策として、利保は産物方を設置して陶器製造業や薬草栽培などの産業を奨励した。自らも本草学を学び、「草癖」と揶揄されるほどに本草学に傾倒し、様々な草花の葉や根などの解説を記した『本草徴解』『本草通串澄図』『万香園裡花壇綱目』などを著している。これらの著作に描かれた挿絵を通して、富山藩の富山絵が発展したといわれている。また、利保は博物学研究会として「赭鞭会」を開催し、こうした博物学の成果や他学者との交流を行っていたという。他にも能、和歌、武術にも秀でており、多才な人物であったことが伝えられている。また藩士の士風を高めるため藩校の広徳館の改革を行い、『履行約言』を著し藩士の心構えを示しました。1846年に病気を理由に隠居したが、その後も藩政に関わっていた。 富山県富山市於保多町にある於保多神社は、前田利保を御祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。