前田利長 神社の神様 - 神社ファン

前田利長

まえだとしなが

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
前田利長

表記なし

祭神ランキング655位

  • 大名

安土桃山~江戸 [1562年~1614年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 前田利長とは?

    前田利長(1562-1614)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての大名、武将。加賀藩初代藩主、加賀前田家2代目で、藩祖・前田利家とその妻まつの長男。妻は織田信長の娘である永姫。幼名は犬千代。初めは安土城で信長に仕えていた。1581年、父・利家が能登国を与えられると、父の旧領の一部をもらい受け越前府中城に住み、永姫を迎えた。本能寺の変では永姫を尾張国荒子へ逃がし、利長自身は信長の夫人らを保護するため日野城で籠城したといわれている。信長亡き後は柴田勝家の与力となり、父・利家とともに羽柴秀吉の軍と戦ったが、賤ケ岳の戦いで敗走し、堀秀政の勧告で降伏した。すぐに利家は柴田軍の北ノ庄城を攻めることになった。秀吉は母・まつに利長の出陣は不要と言ったが、まつは利長に2騎の供を付けて城攻めに加わらせたという。1599年に利家が亡くなると家康が前田氏を屈服させようと謀略を巡らせ、結果的にまつを家康に人質として送ることになってしまった。関ヶ原の戦いでは弟の利政が出陣せず、この戦いで武功を挙げまつの帰還を期待していた利長は激怒し、利政が西軍に加担したと訴えた。晩年は家臣同士の対立にも悩まされながら異母弟の利常へ家督を譲り隠居した。1614年に病死したとされるが、服毒自殺したとの説もある。 富山県射水市塚越にある天満宮射水市越塚は、前田利家、利長、利常を御祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    高岡関野神社
    (富山県高岡市末広町9-56)
    木町神社
    (富山県高岡市木町1番13号)